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六本木いろいろ ― 蕎麦屋 (そばや)

By川上 鉄太郎

2018.03.01, 5:18 PM

Photo by ebenette

 

六本木には、色々ある。

色々ありすぎて、雑多な街だと嫌う人もいるみたいだが、無秩序の中をぷらぷら歩きながら、自分勝手に意味づけをして法則性を見出していくのも六本木の一つの楽しみ方だと思う。

 

例えば、蕎麦屋。

 

例に漏れず、六本木は蕎麦屋も色々なのだが、まずは「江戸蕎麦御三家」とかいうもの。「砂場(すなば)」「藪(やぶ)」「更科(さらしな)」という江戸を代表する三つの暖簾の名前を耳にしたことがある人は少なくないはずだが、東京各地をまわって全ての名店を食べ比べするのは少々骨が折れる。しかし、驚くことに六本木ではその全てを味わうことができるというのだから、無秩序も悪くない。

 

江戸蕎麦の3大ブランド

六本木近辺で江戸蕎麦御三家と言えば、芋洗坂を下って少し歩いた麻布十番商店街に密集している「更科」系列の店が頭に浮かぶだろう。しかしここは期待を裏切って、まず「砂場」派のお店から。

 

その起源は安土桃山時代、大阪城築城の際に資材の砂置き場で労働者にまかなった蕎麦が発祥だという、御三家の中で最も歴史が長い「砂場」。江戸時代には現在の東京・麹町に進出し「糀町七丁目砂場藤吉」として江戸の名物となり、現在も「南千住砂場」(荒川区の文化財指定)「室町砂場」「大坂屋砂場」「巴町砂場」を筆頭に400年余りの歴史を守り続けている。

 

「砂場」系列の店が加盟する「砂場会」というものがある。しかし、砂場だからこう作らないといけないという決まりはなく、時代に合わせて変化が必要だという。脈々と受け継がれてきた伝統がありながらも、変化を恐れず、それぞれの店に味の判断を任せるという権限委譲型の仕組みだからこそ、途切れることなく今も尚このブランドが愛されているのかもしれない。

 

 

六本木交差点から六本木通りをまっすぐ渋谷方面に下り、西麻布交差点を渡った先の小道をひょいと曲がる。明治2年(1869年)に暖簾分けした「室町砂場」の赤坂店で14年間修行を積んだ甲賀宏氏が2007年に開店したお店「おそばの甲賀 」へようこそ。

 

砂場そばの最大の特徴は、甘くてうま味の強いつゆ。伝統と革新の連続。YORAKUの独断と偏見でこの店のキラーメニューを一つ決めるとすれば、それは「すだちそば」だろう。

 

@おそばの甲賀

 

蕎麦好きならご存知だと思うが、「藪」のルーツも六本木ではない。江戸時代後期に現在の文京区・団子坂にあった「蔦屋」という店を発祥とし、お店の周りに竹藪があったことから地元の人たちに藪そばと呼ばれていたそう。明治13年(1880年)に「蔦屋」の支店である「団子坂支店・藪蕎麦」を受け継いだ「かんだやぶそば」に加え、「並木薮蕎麦」「池の端薮蕎麦」とどれも東京の東側の下町に有名店があるが、やはりこの遺伝子も時を越えて六本木の片隅に漂着している。

 

六本木交差点から東へ。AXISを通り過ぎ、飯倉片町の交差点を渡ったところに見えるのは「麻布台 藪そば 」の看板。

 

 



 

藪そばの特徴は何といっても辛口のつゆ。せっかちな江戸の職人たちのために、茹でた麺をさっとつゆにつけて食べれるよう考案されたらしい。これがいわゆる江戸っ子のちょい漬け。粋な食べ方にはちゃんと意味がある。キラーメニューは卵が付いてくる「もりそば」。

 

 

お待ちかね、最後の御三家は日本でも指折りのドラマティックなストーリーを持つ良ブランド「更科」。その歴史を振り返ると、隠し切れない哀愁にどうしても心を掴まれてしまう。

 

始まりは寛政元年(1789年)、蕎麦打ちに定評のあった信州の布織物商人・布屋太兵衛(八代目 堀井清右衛門)が、領主の保科兵部少輔の助言で麻布永坂町に「信州更科蕎麦所 布屋太兵衛」を創業し、更科粉のみを使用した高級感のある白さとでんぷん質によるツルツルの喉越しが評判を呼び、御膳蕎麦として将軍御用達となった。その後、麻布のみにとどまらず神田や日本橋など東京各地に店舗を拡げ、江戸蕎麦の代名詞として一つの時代を築いた堀井家は100年以上に渡り繁栄したという。

 

しかし1900年代に入り、不景気の波や関東大震災、金融恐慌の影響で経営は見る見る悪化し、1941年に本店がまさかの廃業を余儀なくされると、続くように支店も次々と廃業。翌年には大東亜戦争によって本店そのものも焼失してしまい、堀井家は麻布を去ることとなる。栄華を極めた名家の悲運な結末として事態は収束したかに見えた。

 

が、戦後の混乱の中、麻布の地に「更科」ブランドを復活させようとする人物が現れる。「麻布永坂更科本店」を開業した料理屋・馬場繁太郎、「麻布永坂更科 総本店(のちの永坂更科布屋太兵衛)」を開業した麻布十番商店街の小林玩具店・小林勇、「信州更科 布屋総本店」を開業した本家・堀井良造。これをきっかけに三者間での商号争いが勃発し、長年に渡り裁判で争われ名称変更を繰り返した後、ようやく終止符が打たれたのは約50年後のことだったという。

 

ブランドストーリーを知るとまた一段と味わい深い。

 

 

総本家 更科堀井 」のキラーメニューはやはり「さらしな」だろう。更科そばの特徴は、蕎麦の実の芯だけを用いた更科粉による、透き通るほどの上品な白い蕎麦。幾つもの荒波を越えてきた歴史を知れば知るほど、白が白であることの強さが増していく。

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